"弁護"の先にあるもの

 私たち、弁護士の仕事は、もちろん依頼者を"弁護"することです。つまり、法律・条例等のあらゆる法規、時には契約条項を基盤にして、対立し或いは権利を侵害する相手方と、交渉し、或いは裁判・調停等の法的手続きを使って、時には警察権力等のバックアップを受けつつ、侵害された権利を回復し、又は実現することによって依頼者の利益を図る事が弁護士という業務の役割であり、目標です。もっと平面的に言うと、紛争を何らかの形で解決することとも言えます。
 
 しかし、私は、この"弁護"の先にあるものを見る、感ずる感性をもって仕事をしたい、と考えています。弁護の先にあるもの・・・それは、依頼者の「人生」であり、「生活」です。私たち弁護士が依頼を受ける事件は様々です。常に被害者とは限らず、たまたま加害者となってしまった事案もあります。依頼者の立場、事件の内容が何であれ、私たちの仕事が依頼者の「人生」「生活」をより豊かにする契機となることを願っています。

 もちろん、弁護はあくまでも個別の(偶発的な)事件・紛争を解決することであり、それを超えて依頼者・相談者の生活や人生にずかずか踏み込むことは厳に慎むべきことは言うまでもありません(多重債務者に対する生活指導など、医師と同様に教育的役割を果たすことが弁護士に求められることはありますが)。  
 しかし、自分の仕事が依頼者の方達の人生がよりよい方向に向かう場面で縁を持てたと実感できたとき、私はこの仕事に携わることに満足感と誇りを感じます。裁判で言うと、どのような立場や状況であれ、勝訴・敗訴という結果とは別の次元で、少なくともその依頼者が前向きに人生を考える契機になってほしいと思うのです。

 弁護士は、単なる「紛争解決屋」ではありません。法律で「基本的人権の擁護と社会正義の実現」(弁護士法第1条)をその使命として義務づけられる職業人であることを肝に銘じて仕事をしなければなりません。「商売人」「経営者」になりきってはならないと「自戒」の念を込めてこのブログを書きました。