<CD『Happy Birthday』とチャリテイー活動>

<CD『Happy Birthday』は私のことばです>
~児童養護施設,障害者支援施設等への寄付活動を始めます・チャリテイー主催に際して送るメッセージ~

 今の日本は,そこそこ豊かで平和な国であると言っても異を唱える人は多くはいないと思います。内戦もなく飢餓で死ぬ子供達もいませんから。しかし,親に虐待されて命を落とす幼児,クラスの集団に苛められて自殺する中学生,夫のDVを受け続ける妻...そのようなテレビ等で報じられる事件は,氷山の一角であっていま現在も日本中でそんな事件が起きているはずです。

 良きにつけ悪しきにつけ全体と調和して物事を進めていくことは日本人の大切な特性です。古(いにしえ)に聖徳太子が残した『和をもって尊しとなす』の教えは21世紀の今もなお日本の社会に深く息づいています。この美風のもと日本は鎖国や敗戦を乗り越えて奇跡的な近代化と経済発展を遂げました。
 しかし,大人社会にまで広がる陰湿ないじめは,発展的な社会の『闇』を最も正直に表しています。『普通』という実体のない規格に合うこと,合わせることを最善とし,それから外れるものを排除する,ときには集団で意図的に作りだしてまで。今日の日本はそんな社会です。
 今,この国,この社会は,「弱っている」と確信を持って言えます。私は国や社会を「正否」「善悪」などで評価する能力も資格もありませんが,「弱い」ことだけは迷わず言えます。それは,私が64歳という年齢を経るまで,自分自身が子供として,若者として,一市民として,父親として,そして,弁護士として様々な経験を経て言うのです。弱い社会は,いじめや虐待を見逃し,見過ごし,果てはこれに荷担します。弱さは,必然的にいつか病(やまい)に転じていきます。最近の状況は,そのような社会の「病み」を垣間見せるものです。ここで必要な「強さ」は自民党のタカ派が言いそうな「強い日本」なんかじゃなく,警察などの権力を借りずとも自ら是正していく社会の「健全さ」です。
 
 私は,『CD・ハッピーバースディは私のことばです』というメッセージと共にこのCDを世に送り出して新たなチャリティー活動を始めます。プロフェッショナルな音楽家になるという目標を断念して40年近くを経た今,こうして音楽家としての一歩を踏み出すことになったことに私は人生の不思議を感じないではいられません(私のカラオケの18番「愛燦燦」の歌詞そのままです)。このブログはこれからはギタリストと弁護士の2枚看板を掲げて生きようと思い定めた結果でもあります。
 
 私の微々たる寄付活動が児童施設等の財政問題に何ら影響を及ぼすようなものでないことは重々承知しています。私がこのチャリテイー活動を行う動機は,陽の当たらぬ場所に少しでも陽が当たる切っ掛けになることが出来ればという思いに尽きます。先にあげた虐待死や自殺などの事件は,「そこそこ豊かで平和な社会」の『闇』で起こっています。これらの事件は『闇』でおきるが故に,それに気付かなくとも,放っておいても,時に荷担しようとも,罪に問われることもなく,例えば児童相談所の職員が折角助けを求めた子供を親に返して虐待死させてもその職員は処分を受けることさえありません。私が言う『闇』は,社会や法の『隙間』であり,隙間だから陽が当たらず闇となるのです。
 いじめ問題を論じたある社会学者は,「いじめを阻止する最も端的な方法は,そのいじめを日の元に晒すことだ」とこの問題の本質を看破しています。

 震災の時に『絆』という言葉が流行りました。確かに,あの時期に日本人が被災者に対してとった行動は海外の人々の目を見張らせました。しかし,支援活動を行った人たちは自らの思いに従って行動したはずでそれは『絆』などという言葉とは全く関係がありません。『絆』という言葉は,施政者・権力者が使う都合の良い言葉で私は大嫌いです。軍国主義の時代にも同じような言葉が散々飛び交ったはずです。
 こんな欺瞞に満ちた空虚な言葉とは真逆な言葉がります。それは『思いやり』という言葉です。「絆」という言葉や実体がなくて構いませんが,「思いやり」はそうはいきません。ありふれた言葉と思うかも知れませんがその内実は大変深いのです。この言葉が意味するものは,『正義』という言葉が意味するものと切っても切れません。そこが「親切」との分かれ目です。『正義』に根ざさない親切は,『思いやり』ではなく,その親切の実体は「いじめ」や「差別」だったりします。逆に,その人の心情にある正義感は思いやりとなって何らかの形で表現されるはずです。意識しようとしまいと『思いやり』の根っこには必ず『正義』があるのです。そしてまた,それには「勇気」が付いて回り,その意味で「強さ」をもたぬ人には「思いやり」を発揮することはできません。それが「弱い社会」の原因です。
 私は,『思いやり』という言葉,そして,人の心に必ずあるこの心情こそ,今,大変大切なものであると思っています。
  
令和2年3月    井 坂 和 広