<ある工場騒音事件の加害企業との交渉事件が予想外の展開> ~今回は,「低周波音」でなく,工場「騒音」事件の報告です~

1 前置き  
低周波音による健康被害事件,または,主にエコキュート・エネファームによる低周波音がこのブログのテーマですが,今回は,『騒音』による健康被害事件を取り上げます。このブログは,基本的に,家庭用設備機器ではなく,隣接する工場や大型店舗,ホテル等で稼働する事業用機械による被害者向けのものと言えますが,基本的に広い意味での騒音問題に当てはまります。

 人の耳で聞こえる「音」は,20ヘルツから2万ヘルツの領域のそれですが,私が取り組んでいる『低周波音』は,20ヘルツから凡そ100ヘルツの範囲の音で,『低周波音』も広い意味での,一般的な意味での「騒音」で,ここで取り上げるのは狭い意味の『騒音』です。
 今,『低周波音』の分野では,「オンリーワン」的な立場になって,全国から相談を受けるようになったのは,7大公害から漏れ落ちた迷子のような境遇にある『低周波音』の分野ゆえであり,立法上,行政上,規制が完備された『騒音』(7大公害の一つ)の分野ならば,どんなに活動しようとその他大勢の一人に過ぎません。
 それでも,いずれも大きく境遇が異なるとはいえ,「音」の公害で括られる兄弟のような関係です。被害者が『低周波音』と『騒音』を区別せずに相談や依頼をするのは当然ですし,空港騒音や工場など規模が大きな機械は,例外なく,両者の境界を跨がる音を出しています。
 以前,前橋地裁高崎支部で民事調停から裁判に進んだ小さなプレス機械工場の騒音事件のケースでは,プレス機械が出す音を聞けば,『騒音』の問題であることが直感できます。辛うじて耳で聞こえるとは言え,耳を通り越して頭やお腹,胸に直接響く感じの『低周波音』的な音ではありません。この事件は,高崎市の環境担当課が実施した測定記録によって騒音規制法の規制基準を超えていることが証明できたことが功を奏して和解で解決しました。
 こうして,分りやすく『騒音』を周囲に排出している工場機械のケースでは,自治体が測定した測定記録で規制基準を越えていることを証明できれば勝負が付くことが多いのですが,『低周波音』は,我が国では,法律,行政上,いずれについても規制(基準)がないためその影響はてきめんで被害者は苦労をすることになります。欧州では,元々,環境問題に対する意識が民間・行政を問わず高いため,半官・半民的な専門機関によって実効的なガイドラインが発表されていてそれが基準値として一定の役割を果たしているようです。これに引き換え,我が国は著しく後進国であり「発展途上」の低いところに位置しています。長い鎖国と徳川時代に培われた「お上」意識が深く根付き,欧米の近代化から100年から200年後れて近代化の道を歩む日本は,「富国強兵」や「高度成長」に象徴されるように,経済優先の歪(いびつ)な形で発展しました。企業,特に,巨大企業や行政庁はもちろん,裁判所までが頼るべき大樹(つまり法規制)がなければ,被害救済に乗り出そうとしないのが現実です。何かにつけて,集団主義で保守的な社会は,少数者,弱者を犠牲にする傾向が強いのです。
 
 このような次第で,同じ「騒音」でも,『低周波音』の被害者は,法的規制の欠如と被害者を支える社会的基盤の希薄さのため,大きなハンディキャップを背負って音源側に向かうことになります。とはいえ,少しずつ前進していることは以前のブログに書いたとおりです。
 長い前置きになりましたが,『低周波音』と『騒音』は,性質上,被害の実態も共通している上に,交渉や訴訟の戦略も共通し,互換性が非常に高いため,約10年のキャリアを経て理論的,実践的なノウハウが身についたようです。共に私の専門分野です。今回は,かなり大規模な工場機械による『騒音』によって生活妨害と健康被害を受けている被害者の民事調停の顛末報告(まだ途中ですが)です。

2 本題
 さて,やっと本題に入ります。群馬県某市に本拠を置く木枠・裏箱の製造を主力とする木材加工会社の倒産が今年6月に「負債33億円で破産決定」と大きく報じられました。ある器具の製造会社の下請的加工を一手に引き受けて売上高も大きいことから反響が大きいようです。この倒産会社が今回の調停の相手方です(まさか経営破綻するとは申立時には思いませんでしたが)。
 工場が近所に引っ越して来てから,近所で長年暮らしていた依頼者家族は毎日,工場から届く騒音に悩まされるようになり,ブログ記事を読んで事務所に訪れたのが私との最初の出会いです。工場が建築された場所は田園地帯の真ん中であり,その周囲に民家が散在している環境で,工場が移転してくるまでは,のどかな田園地帯でした。のどかな田園風景のど真ん中に延べ2063㎡の工場に大型機械がそびえ立ち,騒音と煙を吐いている様子は異様で,田園地帯の環境が破壊されていく様子を一枚の絵にしたカリカチュア(風刺画)を見るようです。そんなところに大型工場を移転しようという発想自体がとてもまともな神経ではありません。
 前にブログで,千曲川のほとりに終の棲家を設けた被害者宅の庭先に室外機群がズラーと並んでいる様子を「建築ジャーナル」で書いたことがありますが,もっと極端な例がこの事件です。「千曲川」はある有名住宅メーカーが「悪者」で住人自身には全く悪意がなかったため民事調停で速やかに解決ができましたが,問題の根っこは同じです。別荘地のリゾートマンションの寝室の目の前5メートルの位置に巨大な排気ダクトを設置して悪臭と熱風,排気音を住民に吐き散らすリゾートホテルなど,企業倫理なき「エコノミックアニマル」丸出しの企業スピリッツが日本では未だに主流のようです。                  牛歩のように進まない調停も次回期日あたり,不調(合意不能と判断されて手続を終了させること)で終了の見込みで,訴訟提起の準備にかかろうとしていた矢先,相手方会社の経営破綻が報じられ,つい最近まで操業して騒音を出し続けていた機械群の稼働がピタリと止まりました。しかし,まだ安心するわけにはいきません。この倒産会社を引き継いだ企業がいつ工場の操業を再開するか分りません。                                  話を戻します。私は現地に足を運んで工場や稼働状況を検分して,『低周波音』より,『騒音』を前面に出すことが得策であると直感して『騒音』被害を中心とした民事調停の申立をしました。田園地帯で住宅との間に障害物がないため『騒音』は空間を渡って依頼者宅内に直撃していました。調停が始まりましたが,遅々として進みません。相手方に就いた弁護士は決して悪意ではないことは分るのですが,のらりくらりの印象を拭えない対応を繰り返します。今にしてみれば,それが当時の相手方会社にとっては最善かつ唯一の弁護だったのでしょう。なぜなら,この会社が行ってきた粉飾決算とそれによる不正な融資が発覚したことが倒産の引き金になった経緯から考えて,「悪徳」が骨まで染みたこの会社が近隣住民の健康になんか関心をもつはずがないからです。             少し脱線しましたが話を巻き戻します。依頼者は,私に相談する以前から市の環境保全課に被害を訴えて調査を依頼していました。なかなか進まない調停と並行して測定が重ねられて合計4回実施されました。役人不信が深く染みついた私ですが,同市の環境保全課の仕事には敬意を表さざるを得ません。広大な工場の境界線全てのポイントから規制基準を大幅に超える測定値が計測されました。あれだけ大規模な工場でむき出しの大型機械並んでいる状況をみれば当然のことです。最初に書きましたが,このような「狂気」が堂々とまかり通るのが今の日本です。                                  同課職員が騒音対策の検討を要請すると共に結果を報告するよう求めても,形ばかりの中身のない報告書を提出する相手方の不誠実な態度に職員らなりに業を煮やしていたことが測定を重ねた経過から窺えます。恐らく,相手方の倒産劇で調停が中断していなければ,市は相手方会社に改善勧告を行ったはずです。                                       私は常日頃「行政による救済は当てにしていはいけない」と相談者に言っていますが,それは『騒音』には妥当しません。自治体の測定や勧告が被害者が行う民事調停や民事訴訟などの弁護活動にとって有力な後押しになることは確かです。環境保全課が実施する測定の報告書は裁判で原告の要になる証拠資料になり,もし,改善勧告や改善命令が出れば,裁判所がそれを踏まえた判断をすることは確実であり,差止め命令が出される可能性も十分あります(そうなりゃ工場は操業ストップですね)。原告が委託する民間業者の測定記録より断然,裁判所には信用されますし,原告の経済的負担(約40万円程度)も免れます。
 『騒音』被害事件が『低周波音』事件と比べてハードルが低い理由の一つがこれです。「法律を執行する」のが行政の本文ですから動くのは当然です。その意味では,『騒音』の場合は被害者が行政を意思的に動かすことは難しくありません。『低周波音』の場合は,ほんの一部の先進的な自治体を除いて本気で動くことはありません。                             『騒音』問題の特徴は,7大公害の一つとして立法・行政上の整備がほぼ完備されていることであり,日陰の身の『低周波音』とは違い陽がが当たっています。一定の数値と条件を満たす限り,例え相手が超大企業でも対等以上に戦うことができます。公害裁判の大きな壁である「受忍限度論」も突破することが可能です。 相手方企業の経営破綻は騒音問題とは関係しません。しかし,市環境保全課の改善勧告を経て,機械稼働の差止め判決が出たとすれば,操業の継続が難しくなって経営破綻に拍車をかけた可能性はゼロとは言えません。 
 現在,同社は破産管財人が事業を管理して,不動産や機械類を事業ごと承継してくれる企業を探しているはずです。しかし,コロナ禍による業界自体の低迷が経営悪化の原因の一つであり,それは一時的なものでない可能性が高く,コロナ禍による経営破綻の危険性は,ワクチン等による状況改善に関わらず継続するでしょう(相手方会社の業界とコロナの相性は最悪です)。
 現在,調停は中断していますが,万一,M&A等により事業承継され操業が再開されたら,調停は再開され,市の指導も再開されて,さらに有力な証拠資料を武器として私が稼働差止め訴訟を提起することは必至です。「田園風景の真ん中に大工場」の狂気は,アンデルセンの「裸の王様」の狂気と同じです。風刺画を現実に実行してしまった相手方会社の「狂気」を司法により糾弾したいと考えていました。この裁判が勝てなかった勝てる騒音裁判は世の中にはなくなります。 コロナ禍による逆風の中,稼働差止めを求める裁判という爆弾を抱えた企業をいったい誰が引き受けるでしょう。わざわざ「火中の栗を拾う」事業者がいるとは思えません。私は,破産手続の過程で,工場内の機械類が廃棄または競業企業に譲渡されることを前提に,工場の敷地及び建物が単なる不動産として処分される日が,できれば元の農地に戻る日が来ることを祈念してやみません。                                        
3 最後に(エピローグ)
 このブログが倒産会社を「ディスる」行為と評価されることのなきよう,憲法的視点から法律家的らしいコメントをして本ブログを終えることとします。
 ロッキー山脈の山小屋での自給自足生活でない限り,人間の生活はお互いに音を出し合うことは避けられません。日常生活であれ,個人店舗の営業であれ,工場の操業であれ,生活又は営業のため音を出す側とこれを受けて被害を受ける側の対立関係が潜在的にあり,通常は,互いに隣人を思いやる配慮によって円満な関係が築かれているはずですが,時に紛争化して「加害者対被害者」の構図になる場合があります。                            法律(主に民法)は,これを相隣関係といって,例えば,雨水の流入や立木の越境の場合など一定の規定を置いていますが,多くの場合はそのまま使える法律は存在せず,事例ごとに検討して判断するしかありません。
 以前,「騒音おばさん」と呼ばれてテレビで再三報道された人がいましたが,このように「嫌がらせ」であることを本人が自覚しているとしか思えない分りやすい例は稀で,音を出している側は,その人なりに普通の生活をしているつもりで(ピアノや犬の鳴き声),それが毎日続くうちに隣人の被害意識が高じてトラブルになるというのが普通の騒音問題です。このような場合にいずれかに軍配を上げることは容易ではなく,音量や音の発生時間や時刻,音源側でどんな配慮をしているか,被害者側の被害の程度等を総合的に判断して線を引くしかありません。裁判所は,公害関連裁判では「受忍限度論」という基準を作ってやりくりをしています。
 このような場合,音源側は,ペットを飼ったり,ピアノを弾いたり,充実した生活する権利が,被害者側は騒音に悩まされることなく,静穏な環境で生活する権利が保障されています。
 今回の工場騒音の場合は,相手方会社は,憲法が保障する「営業の自由(22条,29条)」に基づいて工場の操業をしています。一方,近隣住民は,良好な環境の中で生活をする権利(環境権,13条)や健康で文化的な生活する権利(生存権,25条),生命,身体及び幸福追求に対する権利(13条)の侵害を訴えています。この2つの権利はいずれが優先される関係ではなく基本的に対等であり,ケースごとに2つの利益を天秤にかけて判断します(テレビドラマの法廷ものでしばしば登場する天秤です)。この「天秤」が公害裁判で登場する「受忍限度論です。
 「のどかな田園風景に突如として大工場」の状況が「受忍限度論」で住民に軍配を上げないようでは,司法も日本もおしまいです(だから,住民の勝ちです)。