11弦ギター・オートバイ・水行(すいぎょう)、私の『3種の神器』

2014年1月17日

 11弦ギター・オートバイ・水行、これらは、最近、私の人生、生活、そして人自体を変えた私の『3種の神器』です。共通項を探すと、「遊び」と言うには「ちょっと過酷」という点です。
*水行~正月明け(1/12)未明、伊勢神宮入口の鈴鹿川に褌一つの格好で数分間肩 まで浸かる修行、実はこれがこのブログの「目玉」です。
【11弦ギター】
 普通のクラシックギターの6弦全部を3度(ミ・ファ・ソ)音が高く、一番低い第6弦(これがミの音)からレドシラソとベースの開放弦があるギターです。元はルネッサンス・バロック期の音楽を演奏することを目的として創られた楽器で、ビウエラ・リュートを現代的に改良した楽器と言えましょうか。
 21歳から20代の前半をギター修業で過ごしました。食べるだけの最低限度のアルバイト(夜警等)、後は練習と精神を高める読書、運動(ランニング等)等を生活の主として毎日を過ごしました。極貧かつ孤独、募る将来への不安が全てで異常に高い志だけが拠り所の時代でした。もう2年で還暦という今思うと、この文字どおり修行僧のようなストイックな時代は美しく輝く珠玉の宝物です。図らずも、現在の私の非常に強固な精神的支柱となっています。余りにも無垢で裏付けなき無謀な挑みは力尽きてギターそのものの放棄する結果で終わりました。司法試験合格と同時にギター(6弦)を再開し、最初の数年は真剣に打ち込みましたが、その後は、昔の貯金を取り崩すような状況で、お座敷がかかれば練習してステージに出るという感じで殆ど情熱は無くなっていました。
 ところが、偶然が偶然を呼び、30数年前の師匠と再会し、2年前か11弦ギターを伝授され、昨年は師匠の初めのアルバム全曲の楽譜を頂きました。
 師匠辻幹雄は、日本では希少な11弦ギターの演奏家・作曲家でオリジナル曲のみで日本全国を行脚して演奏活動している類い希な現代日本を代表する芸術家です。辻さんは、私が20歳の時に会って音楽の道に進む切っ掛けを作った人です。「宿命」を感じないではいられません。
 今一つよそよそしかった感が拭えなかった11弦ギターもここに来て自分のものになりつつあり、今や私の人生・生活の要(かなめ)となっています。
 20歳代のころと同じ気持ちが蘇ってきました。弁護士生活20年の今、人生「これまでか」と思い始めていましたが、目標を持った今、新鮮な気持ちで「これから」という思いが強く出て参りました。今年中にどこかで発表の場を持ちたいと思っています。11弦ギターは非常にピュアーな響きを持った楽器です。多くの人に聞いて欲しいと願っています。
【オートバイ】 
高校2年の頃、オートバイ好きの友人たちに誘われて原付免許を学校をサボって取得し、結構格好いい50ccのバイクに乗り始めましたが、母親に猛反対され(「危ない」という理由だけです)数ヶ月で売り払いました。私は対外的にも対内的にも「いい子」だったのです。もし、オートバイに乗り続けていたらさぞかし私の人生は違っていたことでしょう(こうして自分を出さず我慢する性格的傾向が固まってしまった)。
 夏に2ヶ月かけて自動2輪免許(中型、400CCまで)を取りました。ある裁判で自分の弱気が出てしまい激しい自己嫌悪に陥ることがありました(私は強いときはやたら強いのですが、たまに弱気が出てしまう癖がある)。その時にふっと浮かんだことが、「オートバイに乗ろう!」という考えでした。私の中では「オートバイ乗り=強い男」なのです。迷い無く自動車学校へ行って入校手続をしました。当然、57歳の私はほぼ最年長のようでしたが、結構、おじさんは多く、驚いたことにか細い、小さい女性が割合たくさん来ていました。私なりに、「俺だけじゃないんだな、みんな思うところがあるんだな」と思った次第です。
 11月初め、裏磐梯に1泊2日でソロ・ツーリングに行ってきました。雨と風にさらされ過酷な旅でしたが、雨上がりと同時に湖を眼下に見たときの感動は一生忘れることは無いでしょう。
 オートバイの魅力は、「旅(特に一人旅)」と「スピード」がキーワードです。どっちに重点を置くかでオートバイのタイプが変わります(ふんぞり返ったスタイルのアメリカンは前者、前傾姿勢でレースに出そうなのがスポーツタイプ)。私の愛車ホンダVTRはどちらかというと後者です(私はあくまでもアグレッシブなのです)。
 ツーリングをするようになり、一人旅が平気になりました。これまでは人から自分が「惨め」「かわいそう」と思われているような気がしてとても楽しい気分になれなかったのが、オートバイに乗ってると「俺ってかっこいい」と自分で思え、その延長で(「俺かっこいい」感を引き摺っているので)一人旅ができるようになったのです。これが「孤独力」というやつです(道具が必要なのが玉にキズ)。動ける限り死ぬまでオートバイに乗って一人旅を続けるつもりです。
【水行(すいぎょう)】
 今年の1月12日、今年で一番寒いと言われた日です。早朝5時、外はまだ真っ暗、頭にはちまき(真ん中に愛と書いてある)を巻いた20名の男女(女子3名)がコート等を来て草履で2列の隊列を組んで黙々と伊勢神宮の鳥居前を歩いて行きます。先頭にはリーダーと思しき人物がぼんぼりを持って部隊を率いています。朝5時というのに、もう伊勢神宮の鳥居前は大勢の参拝客が並んでいます。この悲壮感を漂わせた異様な集団はさぞや目を引いたことでしょう。
 鈴鹿川の河原で男性は褌一つの裸になり直立不動で陰で着替えている女性を待ちます。女性が来たら、全員でかけ声をかけながら船をこぐ形の準備運動を数分し、リーダーのかけ声で川に向かって前進し、まず腹まで浸かり、暫くして次のかけ声で肩まで浸かります。腹まで浸かったときは、「うっ、冷たい」でしたが、肩まで浸かると全身が硬直して息ができません。「冷たい」という言葉で言い表せるような状態ではなく、この先自分の身体に何が起こるのか、全く予想できず、何か恐ろしい気がしてきます(瞬間、タイタニックのシーンを思い出しました)。前もって「頑張って息を吐いて下さい、そうじゃないと無呼吸で酸欠になります」と言われていたので、「ふうーっ」と必死で息を吐き、そのうち、「すずかがわー」と短歌を大声で謳います。しかし、声が上手く出ません、「す、ず、か…が、わ…」と途切れ途切れ、身体ごと硬直しているので声が出ない。声を出すことが唯一の途だと分かるので何とか少しずつ声をだし、そのうち、黙って「自己を見つめる」時間を持ちますが、「見つめる」どころか、「早く歌が始まってくれ~」と願うばかり、それでも、途中で「空を見て下さい」と言われて、見た夜空の星は忘れられません。そして、また、歌を謳い、やっと、「出て下さい」の号令に「やった~!」と岸に上がります。今書くとどうしても余裕がありそうな感じになりますが、実際は川から逃げ出しそうになるのを辛うじて堪えているだけです(一生、「負け犬根性」を引き摺って生きていくことにあるので)。
 岸でタオルで身体を拭きますが、他人の身体を拭いているよう。全身の感覚が全くないのです。だから服を着るのも一苦労、人に着せているようなものですから。
 脱いだ褌があっという間に石を付けて凍り付いていて重くて持てません。川の水は凍ってませんが零下であることは間違いなしです。水に入っている時の感じは、「冷たい」でも「痛い」でも的を外しています。「全身に小さな火花がぱちぱちはぜているよう」が大きな的に入る表現です。「苦しい」「辛い」では全く違い、「怖い・恐ろしい」が近い。なぜ、そうかと言うと、どこかの大学の先生が「なぜ、年を取るほど時が早く感じるのか」というテーマを研究し(大まじめに「研究」したというのがおかしいですね)、「年を取ると未経験なことが少なくなるので早く感じる」という結論を発表したというニュースをテレビで見ました(この結論も大まじめで面白い)が、この研究結果が言う「未体験ゾーン」だから、「怖さ」があると思います。
 また隊列を組んで帰って行くのですが、服を着ているのかどうかも分からないくらい全身の感覚が無く、足も人の足のようで不出来なロボットのようにやっと歩いて帰りました。その後は、「天国」のようにほんわかとしていました。
 私が、「水行」にチャレンジした動機は、宿命的にステージに立たねばならない私が、「あがり症を克服したい、心を強くしたい」ということが一番でした。
 「水行」の前後で変わったことを挙げてみます。以前、些細ではないと思って気にしていた些細なことが気にならなくなった、何かをするのに逡巡なく行動できるようになった、声を出す必要があるときに(例えば、改札で駅員を「済みません!」と呼ぶとき)に腹から大きな声を出すようになった…等々数えきれませんが、要するに、私の外皮にあった「弱気」が落ちて「強気」の本体が現れたようです。心が強くなったことはまちがいないようです。元もと、外の弱気の中に強気があるかどうかは分からなかったことですから、正に「性格が変わった」ことになります。「あがり症」は未だ試してないので分かりません。
 最後に、水行を終えて感じたことを風化しないよう記しておきたいと思います。
 それは、肉体が悲鳴を上げて「ギブアップ」する寸前で、肉体と直結した感情(辛いから、痛いから逃げたい、止めさせてほしい)とは別に『精神』がその姿を現した、ということです。行の最中はそんな高邁なことを考えている余裕なんかありませんから、終わって確信したことです。もし「水行」から逃げていたら、『精神』を感じることはなく、ギリギリのせめぎ合いになれば『感情』に支配される人間のままでいるしかなかったのでしょう。健全な肉体に宿るはずの精神、オリンピック精神の『精神』を、自分のものであれ他人のものであれ実感したことはありませんでしたが、初めてそれらしきものを感じました。
 「水行」は、伊勢神宮に隣接した施設で社会教育活動を100年にわたって続けてきた「公益社団法人修養団」が主催した「初詣・新春の集い」に参加して経験しました(勿論、「水行」自体は自由参加です)。興味のある方はネットで検索してみて下さい。伊勢神宮は「根ざし草」の私にとっての「心の故郷」になりました。特に「信仰」を持っていない(拒否にも近い)私には生まれて初めてのことですが、数千年の歴史のなかで守られてきた伊勢の広大な森には、何か人の気持ちを落ち着かせ安心させる「何か」があるようです。京都のお寺も嫌いではないけど、伊勢神宮の宇宙的抽象性が私に合っているようです。毎年機会を作って行こうと思います。     

月別アーカイブ
カテゴリー
このページの先頭へ戻る