エコキュート運転音による健康被害事件について 弁護士からの報告とメッセージ(改定)

2011年1月18日

2011年1月18日、一部追記しました。
<エコキュート運転音による健康被害事件について弁護士からの報告とメッセージ>
*エコキュート運転音被害事件との出会い
 『エコキュート』という製品名を聞いたことがありますか? 『オール電化』と共に新築マンション・住宅の売り出し広告等で見ることが多いと思います。私が住むマンションもデイスポーザー(生ゴミを処理する装置)まで付いていて火も煙も生ゴミもない大変に清潔かつ快適な生活に感心していました。ところが、思いもよらず、『エコキュート被害』という自宅に存在する製品から発した運転音によって睡眠障害等が発生する被害事件と、弁護士として向き合うことになりました。
 『エコキュート』は、正式には「自然冷媒CO2ヒートポンプ」という電気を使った湯沸かし機で、エネルギー効率が高いことから政府が補助金を出して地球温暖化対策の一環として推奨している電化製品です。2001年4月に製品化されて以降出荷台数は右肩上がりに増え続けてこれまでに240万台以上が普及しているそうです。このように「エコ」という現代的期待を一身に受けて登場した電化製品ですが、その陰で隣地に設置されたエコキュートによって健康被害が多発しているというニュースがテレビを初めとする様々なマスメデイアから伝えられるようになりました。弁護士である私に法律相談という形でこの健康被害に苦しんでいるS氏夫婦のお話を伺ったことが私がこの問題と取り組む切っ掛けとなりました。
 エコキュートが世に出てまだ僅か10年ですから、被害実態も殆ど明らかになっているとは言えない状況です。つまり、現時点ではまだ誰かによって公的に確認されたわけでなく、社会的には全くと言っていいほど認識されていない問題と言えます。勿論、製造メーカーや施工業者からはマイナスでしかない「被害」情報が伝えられるはずはなく、エコキュート利用者の隣人・被害者による「被害」の訴えが唯一の情報源です。そして、被害者の訴えは一部が報道されてはいますが、決して真摯に受け止められているとは言えない状況です。もしこの訴えが他人事として、或いは被害妄想と無視され続けると、この「被害」事件は社会的にはなかったこととして歴史が進むことになります。例えば、水俣病やイタイイタイ病など昭和40年代の有名な大型公害裁判でもし工場側の責任が認定されなければ患者の被害は「原因不明の病気」で終わっていたことを考えると、「神経質すぎる」、「被害妄想」等と決めつけることなく、被害者の声に耳を傾ける態度が非常に大切だと思います。
*S氏夫婦の睡眠被害発生
 平成21年3月頃、平成14年から高崎市に居住していたS氏夫婦の隣地に新築された住宅にエコキュートが設置されました。ヒートポンプの位置はS氏宅の玄関前、寝室横でS氏宅建物から境界の壁を挟んで約2メートルです。S氏(夫)はエコキュートの試運転時から夜中に運転音で目が覚めてしまいその後眠れなるという睡眠妨害の被害を受けるようになり、隣人が新築住宅に入居後、毎日、不眠・吐き気・目眩・頭痛等が継続的に続く状態になりました。当初、このような症状が出たのはご主人だけで、後から奥さんにも症状が出るようになったそうです。エコキュートの運転音による被害には個人差があり、同じ家族でも症状が出る人と出ない人があるのが特徴的で、この点がこの問題を難しくしている要因の一つと言えます。S氏は寝室の場所を変えて睡眠障害を緩和させようとしましたが部屋を変えるぐらいでは効果はなかったそうです。
 S氏は隣地の主人に被害状況を説明したうえで対策をとるようお願いしたが断られ、施工業者・製品のメーカーにも被害を訴えましたが、全く取り合って貰えませんでした。
 *公害等調整委員会・原因裁定申立事件の受任
 そこで、次にS氏がとった行動は、いくつかの行政窓口周りの後の、群馬県公害審査会に対する調停の申請でした。ところが、結果はむなしくS氏の訴えが審査委員には届かなかったようです。S氏の最後の希望は総務省の外局である公害等調整委員会の裁定手続に託されました。S氏は、自ら文献・インターネット等を通じてエコキュート製品やその被害状況、被害発生のシステムや法規等の情報収集を重ねて、弁護士等の専門家による助言もないまま単身で原因裁定(加害行為と被害発生との因果関係の認定を求める手続)の申請を行いました。いずれも大企業である製造メーカーと住宅メーカー、そして隣人を相手取ったこの手続を、一市民であり、法律の素人であるS氏が弁護士を立てずに自ら行うのは大変に勇気と努力を要する事だったと思います(睡眠障害や種々の症状を抱えた状態で、しかも勤務に支障を生じさせることなく手続を進めてきた精神力に頭が下がります)。  しかし、S氏のがんばりも裁定手続の2回目が限界だったようです。元高裁判事を委員長とする3人の裁定委員と相手方3者にそれぞれついた弁護士、この手続に関与するメンバーはS氏以外全員専門家という状況ですから無理もないと言えますが、私がそれまでの記録を読んだ限り、素人であっても申請人として言うべきことは言っており(勿論,書面で)、出すべき資料は出していると感じました。しかし、2回目の審理の場で委員長から「これ以上は素人では無理だ。このままで審理を続けることは公平性にも問題が生じ(調整委員会が申請人をフォローすることになるので)、申請人にとっても不利な結果となる、だから早急に弁護士を立てるべきだ」という趣旨の指摘を受けたそうです。       
 こうして、私がS氏夫婦の代理人として「公調委」(略します)の裁定手続に関与することになりました。
*裁定手続の現状と見通し
 「総務省の外局」という国の役所が主催する手続がどこまで被害者の救済に繋がるかは全く未知数です。霞ヶ関の事務局が発行しているパンフレットには具体的な「成果」がの例が表示されていますが、それも活動期間約40年間の合計803件のうちの5件で、しかも1件は完全に棄却ですから、本当のところは分かりません。
 11月末に代理人として初めて審理に参加しましたが、裁判と同じで10分程度で終わりました(裁判に初めて出席した当事者がほぼ同じ反応を見せるのですが、弁護士でない人が初めて見たらあっという間に終わってしまって唖然!という感じです)。勿論、事前に書面を出しているので何もしないわけではありません。後、数回は双方の主張の整理に費やされて、その際に裁定委員からどんなリーダーシップが示されるか様子を見る感じでしょうか。この手続の展開については適宜このブログで報告したいと思います。
 
*エコキュート運転音による健康被害事件についての雑感
 この事案の特徴をいくつか挙げてみます。
 まず第1は、エコキュート運転音(低周波音)によって被害者に生じる健康被害が明確でなく、個人差が大きいことです。つまり、これらの症状がエコキュート使用者の隣人に一様に発生するのはないことです。それも、エコキュートがその生活領域の至近距離に設置されている隣人に限っても、健康被害が生じる人は一部であり、しかもその家族内でも症状が出たり出なかったり、発症時期もまちまちであるという点です。このことは、被害の訴えが無視されたり、被害妄想だと決めつけられたり、或いは神経質すぎると非難されたりという現状の大きな原因となっています。また、この個人差ゆえに未だに自分の症状がエコキュートが原因であると自覚していない人も多くいると思います。これは法的な因果関係の判断においても大きな障壁となって我々被害者の側に立つ弁護士の前に立ちはだかることが予想されます。
 第2は、被害を訴えて救済をもとめることが隣人との摩擦・対立を招く結果になるという点です。これは現実的に非常に大きな問題です。どんなに低姿勢であっても「お宅のエコキュートを別の場所に移動してもらえないだろうか」とお願いすることは大変に勇気を要することだと思います。このことのために分かっててもどうしようもなくて鬱々と暮らしている被害者も大勢いることでしょう。
 第3は、改善を求めるなどの責任を追及していこうとすると、隣人の先に住宅建築メーカー、さらにその先にいる製造メーカーと、結局は一個人が大企業を相手に争うことになり、その意味でも大変な勇気・決断が必要となるという点です。
 最後は、現在「公害」と認識されている他の公害、例えば「騒音」と異なり、エコキュートが発する音(空気振動)、つまり低周波音が「公害」の発生源として認知されいない、まだ歴史的・社会的に非常に新しい問題であるという点です。もちろん、それは低周波音が「公害」ではないとか、健康被害の原因ではないことを意味しません。イタイイタイ病や水俣病などの巨大公害も当初は全く見向きもされなかったはずです。現在の規制立法などの法的整備は、一人一人の被害者らの訴えとこれに対する救済活動の歴史によって切り開かれたものです。だから、「低周波音に対する規制がないから、公害ではない、違法じゃない」と言う論法はまさに本末転倒です。
 確かに、被害者の立場に立って救済策を考えた場合、以上の点が大きな障害となります。 しかし、私は、エコキュートを設置した隣人・エコキュート設置工事を行った住宅メーカー・エコキュート製造メーカーの3者の責任の有り様は、それぞれ異なることを、まず十分に認識する必要があると思います。まず、現実にエコキュートを使用する被害者の隣人はどうでしょうか。一見すると最も被害原因に近いところにいる当事者ですが、法的・道義的、いずれの観点からも殆ど責任はないのではないか、と直感的に感じます。住宅メーカーから「騒音もなくて電気代も少なくてすむ」と言われ、政府も補助金まで出して推奨するエコキュートを設置した人にしてみれば、隣人から突然健康被害を訴えられ、移動を求められても、すぐに応じる気にはなれないかも知れません。
 次に、住宅メーカーはどうでしょうか。この立場でも、設置時に「もっと隣地から離しましょう」とか、「ここに設置すると隣家に被害があるかも知れないから止めましょう」とかの態度をとることを期待するのは難しいかも知れません。住宅メーカーがそのような処理をするには製造メーカー側からの何らかの指示・説明が必要なのではないでしょうか。施主よりは近い位置にいるとは言えますが、どうやら責任の中心にはいないようです。
 では、一体誰に責任があるのでしょう。自然災害のようにどんなに被害が起きても誰かに責任を問うことはできないのでしょうか。しかし、人が設計して造ったものが原因で健康被害が起きているのに地震や台風と同じと考えるわけにはいきません。こう考えていくと、最後に行き着くのが製造メーカーです。もし天災でなく人的な責任の所在があるとすれば、それは製造者を抜きにして考えることはできません。
 エコキュート製造メーカーは、パンフレット等に「隣家の迷惑にならない場所に設置するよう」と注意書きをしていますが、それ以上は具体的に何も説明・指示していません。これでは、住宅メーカーも施主の希望どおりに設置するのも無理からぬ事と言えます。 このように、物理的にも、契約関係上も最も遠い製造者の責任を検討しなければならいところにも、この問題の難しさが表れていると思います。「違法性」や「因果関係」など法的な問題は今後の検討課題であり、私自身勉強中です。しかし、司法的判断はともかくとして、製造メーカーが個別の事案について解決の鍵を握っているとことは間違いないと考えています。
 現実に隣家同士で話し合って移動して事態が改善されたケースも少なからずあるはずですが、そのような解決を促す意味でも製造者の役割は大きいと思います。冒頭で述べたような環境問題対策的に意義の大きい製品であるならば、一層その意義の陰に必然的に表れるマイナス面の問題とも真正面から取り組む姿勢が求められます(司法的判断や行政的規制に従うのではなく製造者自身が担う社会的責任として)。裁判で法的責任を争うのではなく、現実に被害者の訴えがある以上は、それが真に自社製品と関係ないかどうか自ら疑い検証しようとする姿勢がまずあるべきだと思うのです。現在多くの有名企業がエコキュート製造者として名を連ねていますが、現時点では、各企業の問題意識・対応姿勢は未知数であり、今後の課題の一つと言えます。
*エコキュート運転音による健康被害事件についての雑感(追記)
 以上、被害者の目線から捉えた特徴と私の問題意識を述べましたが、時代的・社会的な観点からのいわば「マクロ的」な視点から見た特徴について触れる必要があります。
 それは、エコキュート運転音被害の問題は、水俣病やイタイイタイ病などの大型公害事件と同じ社会的・歴史な広がりを持っているという点です。この問題は、事案としては、例えば隣のカラオケ店や工場の騒音と同じく至近距離の住人の被害として発現し、その当事者間でのみ紛争が生じてその限りで収束します。つまり、「断片的な」事件であり、時代性・社会性は希薄です。エコキュートの問題も一見すると同じです。しかし、そう見てしまったらエコキュート問題の本質を見落とすことになり、被害者の救済の途はますます閉ざされる方向に向かうことになるという点で被害者目線で考えても非常に重大です。
 つまり、エコキュートによる被害は、ある人の研究論文の表現を借りると、「点的被害」として表れ、ある程度の地域的な広がりをもった「面的被害」、或いは時間的な繋がりをもった「線的被害」ではないように見えます。阿賀野川・神通川流域や不知火海・水俣湾沿岸の住民といった地域全体の住民(同種の被害が同環境下の日本各地で生じる)に被害が発生するという「面的被害」でなく、また、鉱山や製造工場創業以来、脈々と被害が継続し、受け継がれていくという「線的被害」でもないように見えます。
 しかし、今のところエコキュートが廃れていく因子は見当たりません。今後も政府の後押しを受けて普及し続けていくことが予想されます。間違いなく「地理的広がり」「時代的繋がり」いずれも充分に備えた「社会的」な公害事件です。こう言うと抽象的ですが、被害者の数が非常に多数であり、時の経過と共に増加し続け、しかも被害が「構造的」に発生するということを意味します。
 エコキュートの被害は、「点」ではなく、「面」・「線」だというのは大切なキーワードだと思います。前に述べたようにこの事件は「一個人 対 大企業の連合体(プラス政府)」という図式であり、被害者の連帯と被害者の外の社会からの応援(専門家や社会団体・公的機関等)なくしては救済の途は開かれません。「点」の境遇から何とかして抜け出さなくてはいけないと思います。被害が増大し、重篤化して自然に周りが気がつくようでは遅すぎるのです。
  
*エコキュート運転音による被害相談について
 エコキュート運転音による被害の情報はマスコミ等で報じられていますが、弁護士会や個別の法律事務所への相談事例も極めて少数に止まりことが想定され、また、法律問題としても非常に新しい事案であるために、十分な対応体制が取りにくい分野であると言ってよいと思います。私自身も低周波音による被害の問題について勉強中であり、法的手続による救済もまったく未知数ですが、一弁護士として一つ一つの事案と取り組むことがこの問題の前進に繋がると信じます。
 私のこの問題に対する具体的な取り組みの一つとして、エコキュート運転音による健康被害を受けている可能性がある方々の相談窓口をこのブログを通して設置しようと思います。 
<エコキュート運転音による被害について悩む方々への弁護士による相談>
 群馬県高崎市の弁護士法人井坂法律事務所は、エコキュート運転音による被害について悩む方々のために相談を受け付けます。
 事務所での面談及び電話相談は30分程度の相談を初回に限り無料で応じます。相談を希望される方は、当事務所に電話で予約を取って相談日時を決めて下さい。
 遠方のため近い日時での来所が困難な方については、電話での相談も可能です。その場合も、まず電話で申し込んで頂いて後日電話を戴く日時を設定した上で実施します。 なお、いずれの場合も、相談者の氏名・住所・連絡先と各当事者(施工業者・製造者名)を明らかにして頂くことが条件となりますのでご了解下さい(弁護士が聞いた情報については守秘義務がありますのでご安心下さい)。
◆ホームページはこちら
https://isakakazuhiro-lawoffice.jp/
<最後に>
 正義と衡平の感覚を具体的に示し、企業活動と人間の尊厳との関係につき、発想の転換を促し、司法の威信を回復した名判決と評される『阿賀野川・新潟水俣病事件第1次訴訟判決』の判決文の一部を引用して、このブログを締めくくりたいと思います。
 『企業の生産活動も、一般住民の生活環境保全との調和においてのみ許されるべきものであり、住民の最も基本的な権利ともいうべき生命、健康を犠牲にしてまで企業の利益を保護しなければならない理由はない』

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