『DV被害者への特効薬は、被害者自身の「目覚め」です。「家庭」「夫婦」という枠組みの中に埋没してしまっていた人としての「尊厳」に気づくことが解決への出発点です。社会規範から大きく逸脱した「病的な夫婦関係」を、人を人として尊重してくれる外の社会の視点から夫婦関係のあり方を見直すことによって最初の一歩が始まります。現在の自分の境遇に疑問を感じ悩みつつも、解決の糸口が見つからず、苦悩の日々を過ごしているDV被害者の「目覚め」の一助となることを願ってこのメッセージを送ります。』
1 DVであることの『気づき』について
《まず、DVを正確に理解しましょう》
「DV(ドメステイック・バイオレンス)」を定義づけると、①夫が妻に対して、②反復、継続的に行われる、③暴力及び暴言、となります。①は内縁関係や同棲関係も含みます。②は「支配・被支配関係」を背景に、男性から女性に一方的に行われる点がポイントです。
①は、「身体的暴力」が中心ですが、これを中核として僅かのお金しか渡さないなど経済的な手段によって妻への支配関係を強めるという広い意味での(経済的な)暴力も含みます。DV夫(以下、DV加害者のことをこう呼びます)は妻への侮辱的、脅迫的言動を伴うのが普通です。また、性行為の強要、行動の監視、避妊に協力しない等の行動も伴います。これらは「精神的DV」とも呼ばれています。
《DVの定義を自分の問題に当てはめてみましょう》
”暴力等を背景とした「支配・被支配関係」がDVの本質です”
あなたが夫から受ける暴力等は、私が示したDVの定義に当てはまりますか?
暴力の回数やその態様は余り重要ではありません。あなたが夫から「支配されている」と感じているかどうかが問題です。もしそう感じるならDVと考えてよいでしょう。
2 婚姻関係の『見直し』について
もし、自分の問題がDVであると気づいたら、これまで自分が抱えてきた疑問や悩みを改めて見つめましょう。自分が理由もなく暴力を受けたり、侮辱されたりすることに納得していないことは明らかですね。では、なぜ、我慢して暴力等を受け続けているのかその理由を考えてみましょう。
《夫の暴力から逃れる行動に出ることが出来ない理由を改めて考えてみましょう》
ア「他人に知られるのが恥ずかしい」 イ「妻は夫に従わなければいけないのではないかと思う」 ウ「自分も至らないところがあるのでは」 エ「子供のため離婚したくない」 オ「恐怖心のため将来のことまで考える気力がない」 カ「夫の報復が怖い、もっとひどい暴力を受けることになる」 キ「一人で生活していく自信がない」 ク「夫がいつか気づいて暴力を止めてくれるのではないか」 ケ「実際に誰に相談していいか分からない、どうしていいか分からない」が被害者が訴える理由の代表的なものです。
これらを客観的に分析・評価してみることにします。
①ア、イ、ウは、夫の行為の意味を理解していないことが原因です。
DV加害者は、未だに「妻は夫に服従すべき」「男性絶対優位」という封建的な意識を持っています。大部分のDV夫はそんな教育を受けて、又はそんな考えの親の影響を受けて育っています。そして、精神的な未熟性、他人への依存性、甘えが強い、ストレスへの耐性が弱い、等一言で言うと、「心の弱さ」がDV夫共通の性格的な特徴です。DVに限って言えば、妻の側には「全く非はない」と言って良いと思います。DVを正当化することができる理由は、法的に、理念的に、心情的にもあり得ません。我が国の憲法は、「すべて国民は個人として尊重され」「法の下に平等であって、性別により差別されない」と謳っています。これは単なる美辞麗句ではなく、戦前、日本で女性が男性の所有物のごとく扱われていた時代(もちろん、夫が妻に暴力を振るうことはある程度許容されていました)を踏まえての大切な条文です。憲法が変わり法的な社会制度が変わっても、現実の社会や人々の意識はすぐには変わらず、社会のあちこちや人の意識には古いものが残っています。
DV夫はこの古い意識を知ってか知らずか、悪用して暴力を正当化しています。もし、夫婦(内縁等も含めて)以外の関係で暴力(DV夫がするような)行われたら傷害罪で逮捕は免れません。夫の行為はそれ自体が傷害罪、脅迫罪等にあたる刑法犯であることをまず理解して下さい。明治時代ならともかく今の日本の法体制で夫のDV行為を正当化するものは何もありません。ところが、DV夫は現実の社会体制、伝統的意識の後押しを受けて暴力を振るうのです。身体的暴力はもちろん、夫の妻に対する態度、言動は現憲法に違反するものであり、むしろ、恥ずべきは夫の方です。家庭という「超閉鎖社会」「密室」で妻の優しさや素直さにつけ込み、封建的な社会意識を隠れ蓑にしつつ、暴力等を繰り返す点では、一般社会の暴力よりずっと陰湿・陰険、卑劣な行為と言えます。DV夫は、外の社会で自ら守っているON状態のルールを家庭ではOFFにしています。つまりDV夫は外と家庭のルールを使い分ける「確信犯」であることを認識しましょう。
“夫の妻に対する行為は犯罪であり、現憲法に違反するものです”
②エはどうでしょう。
「幸福な家庭」にとって離婚や夫婦の別居がマイナス要因の一つであることは確かですね。しかし、DV状況が子供に与える悪影響は図り知れません。子供が見て育つ家庭は、その子供にとって唯一の家庭です。その家庭での不公平な人間関係、人権侵害状態を「社会」と受け入れ、DV夫が妻に要求する服従を社会の「ルール」と受け入れることはもっと重大な問題ではないでしょうか。DV家庭で育った子供はDV加害者か被害者かのいずれかになっていく可能性が高いと言われています。
“むしろ、子供のためにも一刻も早くDV状況から脱するべきです”
ただ、離婚はDV問題を解決するための一つの通過点であって、何が何でも離婚しなければならないというわけではありません。慢性化していない場合には、離婚に至らない場合もあるかも知れません。でも、夫の精神的未熟性、依存性を考えると、「離婚」を通過することは避けられないと思います(少なくとも「離婚」の「覚悟」は必要です)。
②オ、カは、「恐怖」という理屈抜きの問題で、これが一番の問題です。確かに、妻が家庭という閉鎖社会にいる限りは、色々な意味で夫の支配下から脱することは難しいでしょう。しかし、あなたが新たな意識と覚悟を持って家を出て、事実上、夫の支配下から脱した場合は次の項を読めば分かると思いますが、心配する必要ありません。一旦あなたの心に根ざした恐怖心はすぐには消えませんが、段階を踏んで徐々に無くなっていくはずです。実際に「実行」していけば、DV夫が再度あなたに暴力を振るったり、報復をすることは現実には起こりません。
“日本は法治国家です。夫の暴力を阻止する法体制が整備されています”
③キは、経済的自立の問題です。極めて重要で現実的なポイントです。
DV被害者は長年、暴力のもとでの忍従の日々を送り、心身共に疲れ果て、気力もなくなり、心神が弱っている状態が予想されます。専業主婦か、何とかパートのような仕事をやっとしている状態ではないかと思います。そんな状態でいきなり「経済的自立」というのは荷が重いのは当然です。しかし、現在あなたにかけられているDVによる過重な「負荷」が無くなりさえすれば決して難しいことではないと思います。生活保護等の公的な保護も考えられます。余り先のことまで考えず、まず、今の異常な状況から脱出することを考えましょう。次に述べる手段を一つ一つ実行していくと精神的にも徐々に落ち着いていきますが、DV夫がいる家を出て1、2ヶ月間程度は、女性相談センターの一時保護や民間シェルター等に避難して次のステップへの足がかりにすることが出来ます。
“経済的な問題は余り心配せず、まず避難することを考えましょう”
④クについては、一般的にDVは直らないと言われています。確かに、DVの根源は加害者の精神の奥深く、意識の下に根ざしており、本人の反省や覚悟でどうにもなるものではないと思います。むしろ、夫が謝ったり、反省したりして、また暴力という繰り返しが普通です。DV夫は妻を現実に支配し、また妻を支配することが可能だと思っているので、この考えを根底から変える必要があります。夫婦であることが夫の「拠り所」なわけで、その意味では「名実共に」夫婦でなくなることが必要となります。仮に離婚が成立してもそれですぐに夫の意識が変わるわけではないので、万一、夫の「DV性」が消滅することがあり得るとしてもそれなりの時間が必要でしょう。
“夫のDV性は簡単には直りません”
⑤ケは、次の「実行」への橋渡しになるポイントです。
一般的に身内や友人等の親しい人に相談しても、受け止めて貰えることは少ないでしょう。DV夫は「外面がいい」ことが一般であり、家庭以外の社会では協調性があり、「優等生」であることが多いためです。次にあげるような専門家や専門機関以外に相談することは、二次被害や無気力化を招くなど弊害があるのでむしろ避けた方がいいと思います。
具体的には、各自治体の女性相談所に相談することを勧めます。そして、弁護士に相談することは次の法的手段につながるので非常に有効ですが、その弁護士がDV問題を充分に理解していることが絶対条件になります。
《DVからの脱却の第1歩を踏み出すべきかどうかを考えましょう》
あなたは今どうして「DV被害者」という立場にいるのかを冷静に考えてみましょう。現夫との結婚が原因ですね。この結婚の意義を再検討してみます。
結婚の合意(契約)によって夫婦という共同体を形成したことになります。この夫婦共同体は、外部の社会からはそのプライバシーが保護されて、法的にもある程度の閉鎖性が保たれています。この閉鎖性は、夫婦の利益や権利を保護するために妻と夫の合意によって築かれたものです。例えば、第3者が夫婦の一方と性関係を持つと不貞行為の責任を負うのはその一例です。この夫婦共同体の閉鎖性を隠れ蓑に悪用して暴力を繰り返すのが、他の暴力行為と異なるDVの特徴です。
このように、夫婦共同体は、両者の結婚の合意に届け出という要件が備わって作られたものですから、一方が浮気や暴力などルール違反があった場合には、離婚訴訟というこれを解除する制度が設けられているのです。
DV被害を受けているあなたは結婚する前は、誰かに支配されたり、暴力を受忍するような立場にはなく、ごく普通に人として尊重されていたのではないでしょうか。懲役刑のような法的責任を負って現在の立場に陥ったのではなく、結婚という合意によって夫婦になったのですから、自らの意思でこの合意を解除して、普通に尊重される「人」に戻る権利があるはずです。
“現憲法が高らかに掲げる「個人の尊厳」は、結婚によって奪われことはありません”
“DV被害を受けている妻は、別居する権利も認められています”
夫婦は同居義務を負い、もし夫が勝手に家を出たら離婚原因になり、夫は離婚を強制され、慰謝料を払うことになりますが、暴力を受けた妻が家を出て避難したからと言って何ら責任を問われません。夫にこれ以上罪を重ねさせないためにも妻が家を出ること期待するのがむしろ一般社会の声ではないでしょうか。
3 DVからの脱却への『実行』について
これまでは、どちらかというと精神面が中心で、「覚悟」や「心構え」といった内容でしたが、今度は実践編というべき段階に移ります。順を追って説明します。
法的な手続きを取りつつ、現実の行動を着々と進めてていきます。
①DVの温床である家庭から外に出る
物理的に「DV夫から離脱すること」が行動の第1歩です。
夫に分からないように準備をしながら、予め設定した決行日に身の回りの荷物だけを持って家を出ます(もちろん子供がいる場合は子供を連れて)。行き先は、物心ともに強い協力が得られる親がいる場合は実家、そうでない場合で多少とも経済的な余裕がある場合はアパート等、経済的な余裕もない場合は女性相談所の一時保護や民間シェルターで次のステップへの準備をすることも出来ます。家を出るときに置き手紙程度の意思表示をしておきます。手紙には、離婚の意思表示とその理由を簡単に書いておきます。
家を出ることは宣戦布告のようなものですから、少なくともその前に女性相談所か弁護士に相談して、具体的なアドバイスと精神的な支援を得る必要があります。
また、それほど遠くない時期に暴力を受けた場合は、警察に相談、又は被害届を出しておきましょう。これは夫の暴力を防止する上で大きな力になります。
“公的機関や警察はDV被害者に対して非常に親切です”
警察等に相談することによって不利益を受けることは絶対にありません。安心して相談して下さい。行動を開始した当初は、大変勇気がいるし、緊張しますが、③の代理人の通知によってかなり安心するはずです。そして、その後の手続の進行につれて徐々に緊張も解けていきます。法律や警察、裁判所といった社会のシステムによって守られていることを実感していくと思います。
この恐怖、過度の緊張からの解放と同時に、就職や子供の教育などあなたの本来の「仕事」にエネルギーを傾けることができるようになっていきます。
”DV夫には、国の権威や法律の強制力は想像を超えた効果があります”
②同時に保護命令(DV防止法)の手続をとる
これは必要性や緊急性に応じて行います。弁護士に委任して代理人を立てた場合は申立をしないことも多いですが、代理人を立てても暴力、脅迫が続く危険性がある場合は併行して申立をします。弁護士を立てた場合は弁護士が手続をしますが、弁護士がいない場合は、女性相談所で援助してくれます。保護命令では、子供も含めての接近禁止命令などが出され、これに違反したら懲役1年の刑を科せられるという厳しいもので防止手段として非常に効果的です。
③弁護士に委任する
家を出る前に委任しておき(もちろん、秘密裏に)、決行日に「受任通知」が届くようにしておきます。通知では、今後連絡は代理人を通じて行うよう告げて、直接妻に連絡を取ることを禁じ、調停又は訴訟の手続をとることを告げます。この通知で夫の行動を抑制することができます。しかし、相手によっては刑事告訴や保護命令申立も行います。経済的な余裕がない人には法律扶助(法テラス)という援助のシステムもあります。私は、DV事件は基本的に弁護士委任が必要だと考えています。DVからの脱却には、離婚の覚悟と離婚に向けての法的手段をとることが不可欠です。「離婚の覚悟」なき離婚の意思表示は空虚であり、「法的手段」なき離婚の覚悟もまた空虚だからです。
④離婚調停
家庭裁判所に離婚調停の申立をします。家裁で調停委員(民間人です)を挟んで話し合いをする手続です(直接相手と接触しないよう配慮されています)。DV夫と直接話し合いをしても殆どの場合、無駄と言うしかありません(むしろマイナスであることが多いと思います)。裁判所という公的機関で家庭という閉鎖社会とは全く異なるルールのもとで話し合いをすることは例え合意に至らずとも意義は大きいと思います。このような手続を経ていく過程で、夫に徐々に社会のルールを理解させることができます。ただ、家を出るだけでなく、家庭裁判所という公的機関の手続に乗せることに大きな意味があります。これまで夫が「絶対君主」として支配してきた夫婦の問題を、これまで「被支配民」であった妻が自ら主導権を持って国家の機関の手続に移すことが大切なのです。夫は国家の権威に抵抗しないはずですから。
調停は合意が成立しないと不調になって終わってしまいます。DVの場合は調停で合意が成立する場合は少ないと思われます。なぜなら、DV夫は例外なく精神的に自立できず、妻への依存度が非常に強く、妻に対する執着は半端ではありません(別れなくて済むと思えば嘘も平気です)。従って、離婚に対して強い拒絶反応を示すことになります。
そこで、調停はそこそこで終了させて訴訟(裁判)を提起します。結局、離婚調停は何も決まらないで終わってしまいますが、無意味ではありません。「ガス抜き」として、夫が諦めるのに必要な過程として大きな意味があります。
ここで併せて婚姻費用の請求をします。
法律上、夫は別居中の妻子の生活費を負担する義務を負いますから、調停で婚姻費用の請求をして離婚問題とは別に速やかに進めて支払を促します。
⑤離婚訴訟
DV事案は違法性が強く、離婚訴訟で離婚判決が得られる可能性は高いと思います。ここで暴力の証拠が大変重要です。出来るだけ近い時期で暴力を受けた際の診断書が必要です。診断書がないとどんなにひどい暴力が頻繁にあったとしても証明できず敗訴する危険があります。子供については親権の問題がありますが、暴力の証明ができる場合は母親が親権者に指定される可能性が高いと思います。
裁判官が進める和解で離婚に至る可能性もあります。
特に、判決の場合はそうですが、離婚で全てが解決するわけではありません。元夫の妻への執着はまだ残っているはずですから。まだ目を光らせておく必要はあります(場合によっては保護命令も)。でも、一段落であることは確かです。
⑥全体を通じて
女性相談所や弁護士への相談を皮切りに色んな手続を取っていくことで、被害者側は社会(相談所、弁護士、裁判所、警察等)との連携を取ることで社会性と人間性を回復し、一方、加害者側は外の社会のルールを自覚し(半強制的に)、妻への不当な人権侵害行為を抑制するようになり、夫婦になる前の「対等な」個人対個人の関係に戻ることを余儀なくされます。例え、万一、離婚原因の立証ができず、離婚訴訟が敗訴で終わったとしても、それは戸籍上、形式的に婚姻関係が残存しているだけであり、事実上の離婚状態は時間とともに進行していきます(そして、いつかは確実に離婚が可能になります)。戸籍上の夫婦であっても、妻の生活領域は侵されず(住居侵入罪が成立します)、性的関係を強要されることもありません(もちろん強姦罪が成立します)。戸籍の記載さえ我慢すれば、DVの危険もなく、結婚前の人として尊重される生活が送れるはずです。
つまり、大切なことは、現在の境遇に真っ正面から異議を唱え、法律上の権利を行使して、法的な手続きを取りつつ、自分が納得する生活を現実にしていくことなのです。
最後に
通信内容が大変、膨大な量になってしまいましたが、弁護士としてDV被害者に伝えたいことは一通り盛り込めたと思います。誤った意識を持ち、心が非常に弱いがゆえに卑劣な暴力を続けるDV加害者と何も非がないのに優しいが故に非道な暴力を受け続ける被害者、この病理的な夫婦関係、間違った悪循環を断ち切る切っ掛けを作りたいというのが、このブログの動機です。DVからの離脱、それはそんなに難しいことではないと思っています。冒頭に書いたように被害者が『目覚め』さえすれば。あとは恐らく封印していた「勇気」を出してくればいいのです。
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