はじめに
私には長期化したコロナ禍の影響だとしか思えないのですが,暫く低周波音事件の相談と受任が止まっていました。例えば,簡易裁判所に出頭した際に,いつもは人でごった返す仙台駅や金沢駅に人が疎らにしかいない異様な光景を何回も目にしたことが多い出されます。コロナ禍真っ盛りの頃に解決した事件でしたがその後2年近く遠方の裁判所での仕事が途絶えていました。
しかし,昨年あたりから,急に相談と依頼が再開しました。報道等とは関係なく私が弁護士として「コロナ禍が収束した」と実感したのは言うまでもありません。
10数年に亘り,日本全国(ほぼ本州に限ります)の被害者から相談(無料電話相談)を受けて,通知書送付(エコキュート・エネファームの稼働前)と出張相談,簡易裁判所出頭(稼働後)によって仕事をしてきましたが,コロナ禍が続く中で活動も休止状態に陥ったのは,他の業種と同様の社会現象の一つであったようです。
その意味でも久しぶりといえる嬉しい報告です。
二つの事案の特徴
新潟県の事案は,令和4年7月に申立,茨城県の事案は,令和5年3月に申立と8ヶ月遅れで始まりましたが,奇しくも,ほぼ同じ時期の解決となりました。 新潟事案は,エコキュート・エネファームの定型事件ではなく,家庭用冷暖房設備としてはかなり珍しい部類に入る製品であるため,当該機械の構造や機能自体が不明であったため,解決に時間と手間がかかった結果であると言えます。
いずれについても設置したハウスメーカーが解決に向けて誠実に動いてくれた点が大きな共通点です。茨城事案の特徴は,相手方であるハウスメーカー代理人としては「常連」(3回目)と言える相手方であり,基本的に被害解消に前向きに対応することが予想できたことであり,新潟事案の特徴は,製造業者であるパナソニックが中立の立場を貫いて誠実に「弁護士法23条照会」に回答してくれたことです。
もう一つ大きな特徴があります。それは10年間にわたって取り組んできた低周波音事件の取り組み方としても重要な一つの変化と言ってよいと思います。それは,いずれも調停に先立って低周波音測定をしなかったことです。茨城事案では,音源機械と被害者宅壁面との距離が6mであることに加えて,相手方ハウスメーカー(I工務店)との間で過去に2度の同種事案の合意ができていることから,測定をパスした経緯があります。新潟事案では,依頼者が既に県内の某測定業者に依頼して測定記録を保有していたこともありますが。
そして,代理人側にも,10年間にわたって依頼してきた測定業者が最近になって測定業務を廃業した(低周波音部門のみ)という事情がありました。このように低周波音測定を即座に実施できないという事情があったにも関わらず,時を同じくして全面解決したことは画期的であり報告に値すると考えた次第です。
茨城県の事案
ヒートポンプと依頼者宅の壁面との距離が約6メートルで対面している典型的な被害事例パターンですから,裁判でなければ測定するまでもないと言える事例です。 私が依頼された段階ではかなり険悪な関係になっていて,特に,被害者である依頼者は相当にストレスをため込み爆発寸前という状況でした。
ところが,代理人の名で調停申立をしたら,態度が一変しました。恐らく,同じく相手方になったI工務店とのやり取りを経てそのような展開になった思います。
計3回の調停期日を経て申立から約4ヶ月での解決となりました。
解決策は,敷地境界から約13メートルの場所への移設であり,しかも,元の位置の反対側壁面ですから,完璧な解決策であったと言えます。床暖房システムも同時に移設しています。もちろん,移設と同時に被害が完全に解消したことは言うまでもありません。なお,移設費用の負担は申立人側となりましたが,このケースのような手厚い対策が講じられたケースではやむを得ないところです
新潟県の事案
第1段階
加害音源と疑われる室外機は,前記した冷暖房システムとヒートポンプ(エコキュート)で,冷暖房の室外機は2メートルであり,かなり高い数値が予想される距離であり,ヒートポンプは約7メートルで対面の位置でないため,依頼者宅内への浸透は微妙なところであり,測定データだけでは判然としません。前者は,ナショナルの時代に開発された製品で,住居全体を賄う冷暖房と24時間換気が併設された特殊な家庭用設備です。室外機も大型であり,依頼者が業者に委託した測定結果によると,低周波音は欧州のガイドラインを大きく越え,騒音(100db以上)も環境基準を7db超えているため,騒音を前面に出せば裁判でも勝訴判決を得ることが可能な状況でした。
令和4年8月の第1回期日ではかなり難航が予想されるスタートとなりましたが,その後,パナソニックに冷暖房システムについて23条照会を行った結果,同製品は既に2008年に製造中止となっていて当該設備は耐用年数10年を既に8年経過していること,故障しても部品が存在しないこと等が明らかになりました。そして,第4回目(令和5年4月)の後,ハウスメーカーが相手方として参入したことを契機に一気に解決に向けた協議が進行し,冷暖房システムを廃止して換気機能のみを残存させること,同時に通常のエアコン5機を設置すること等について合意して調停は終了しました。
残念ながら,微妙な距離にあるヒートポンプは現状維持で手を付けないで終りました。折角,施工業者はヒートポンプについても移設案を出してくれたのに。
対面しない位置で8mであれば隣家宅内に到達しない可能性が高いのですが,この1mが重要で室内に到達するかどうかを分けるのです。
第2段階
かくして,本事案は第2段階を迎えることになりました。
今回の調停ではヒートポンプについても移設を求めましたが,ヒートポンプについては,ヒートポンプの運転音が本当に健康被害の原因であるかどうかにつき疑義があると言われて,相手方(隣家)の同意を得ることができず,問題を残す形となりました。逆に言えば,冷暖房房設備に関しては自ら隣家の健康被害の原因となっていることを認めたことになります。当初,隣家は申立人にエアコン5台の購入設置費用を負担するよう要求していたのに,合意に際して冷暖房設備の廃止に関して一切費用負担の話が出なかったのは,パナソニックの回答によって隣家で使用していた冷暖房設備が抱える問題の全容が明らかになった結果だと思います。その意味では,本件ではパナソニックが当方にとって大変重要な役割を果たしてくれた結果となりました。パナソニックは,過去の低周波音の裁判では被告として争ってきた「宿敵」ですが,この件では解決に大きく貢献してくれたことになります。長く弁護士の仕事をしていると,このような思いもかけない展開に驚かされることが時々あるのです。
ヒートポンプの問題は,残置された室外機が冷暖房設備の廃止後も影響を残すかどうかという点です。それは,調停で合意した設備廃止(エアコン設置)の実行日の経過により明らかとなります。そして,本年10月27日に前記工事が行われ,
冷暖房システムによる影響がなくなったのは確かですが,ヒートポンプの音が残った結果となりました。とは言っても,依頼者の知覚でそうだったということで客観的な根拠はありません。依頼者の知覚と客観的な低周波音の浸透状況が一致して初めて法的な手続に入ることができるのです。
今回の調停で争いの種を摘み取りたかったのですが,相手の言い分にも一理ありますので仕方ありません。問題が大きい方の音源機械については好意的に応じてくれてますので強く出ることはできません。
現在,新潟県の測定業者に再測定を依頼する段取りに入っています。同じ業者がほぼ同じ方法で測定すれば,冷暖房システムの廃止とヒートポンプの残存が測定値として数字に表れるはずです。音源が一つに絞られたので,この音源による低周波音が依頼者宅に届いて浸透しているかどうかが証明されます。私は,7mの距離にあるヒートポンプの音が境界付近まで届いていることは間違いないと思っていますが,問題は,それが隣家宅内にまで到達し,しかも,それが人に知覚されるレベルのデシベル値であるかどうかです。
今後の展開も含めて何らかの形で報告したいと思います。