事案の特徴
新潟県N市のケースは,特殊な大型室外機とヒートポンプ(エコキュート)が競合していたため,2回の調停を経て最終解決に至ったという点で特殊的な事案でした。そして,ヒートポンプの事件として注目すべき特徴は,被害者宅壁面から同室外機までの距離が約7メートルという限界事例である点です(しかも,対面でないため反射による増幅もない)。私は,8m以上の距離をとることを移設の最低条件としてきたことを考えると,本件では運転音が被害者宅内には浸透しないのではないかと考えたのも無理からぬことでした。これまでの解決例では,8mの距離をとった場所に移設して被害が解消していますから,この1mの差が被害の有無を分けたことになりますが,調停ではこの「1m」を巡る次のような紆余曲折を辿ります。
2回目の調停の経過
2回目の調停では,ヒートポンプを前回調停で施工業者が示してくれた場所(約13m)への移設を求めましたが,隣家は「1m移動するからそれで様子を見てほしい」と提案しました。この提案の動機が私の「8m説」が関係しているのかは分りませんが,私の説によればこの1m移動で被害が解消する可能性はあるわけです。
申立人は,「折角移動するならこちらの提案どおりでお願いしたい」と言いましたが結局,相手方の言うとおり試してみることになりました。もちろん,高い測定費用をかけるわけにはいきませんから,あくまで,依頼者自身の反応を確認するしかありません。結果は,「被害状況に全く変化はない」というものでした。
そして,申立人側は,13mの位置への移設に機能上の問題がないことを,ネットや近隣の設置状況を写真等で証明しつつ(ほぼ同じ状況で設置,稼働している例が数多くあります)。
こうして,第1回から4ヶ月を経た第3回目に合意に至りました。被害者宅壁面から13m以上の距離をおいた場所に移設したヒートポンプの運転音が被害者宅内に浸透することは物理法則上はあり得ませんから,典型的な解決事例と言えます。
ただ,依頼者には長年の騒音被害による後遺症的な症状が残っているようですが,影響が大きく減少したことは確かなようです。その回復状況については今後も見守っていくつもりですが時間が解決すると信じています。
本ケースが示す知見的なポイントと代理人の感想
客観的な側面で
①被害者宅壁面から7mの位置にあるヒートポンプによる低周波音は被害を及ぼすレベルでその室内に浸透していた,②被害者宅壁面から13m以上距離を置いた位置への移設によって解決に至った,という2点が知見的なポイントです(残念ながら,7mから1m移動して8mの距離をとった位置での稼働による音の浸透の変化については測定を行なっていないので不明です)。
これまで扱ってきた解決例の多くは,3mから5m程度の位置にあるヒートポンプを8m以上の位置に移設した事例でした。しかし,今回のケースは,7mの位置にあるヒートポンプを13m以上の位置に移設した事例としての先例価値があります。そして,13m以上の距離をとった場所への移設要請に対して,パナソニック等の製造業者に照会したら,「責任をもてない」と言われたと言って移設を渋る相手方が多い現状に鑑みて(8mですら同様のクレームがでます),それが根も葉もないことを示す事例と言えます。
心情的な側面で
交渉過程において,相手方が代理人である私に示した心情的(感情的)変化が特に印象に残っています。もちろん,解決に至るまでの依頼者の精神的苦痛は同情するに余りありますが,決して悪意ではないのに加害者として扱われ,当初は敵対的だった相手方の心情が2回の調停の過程で微妙に変化して,最終的にこちらの要望を受け入れてくれたことも本件の特徴です。
この調停では,1回目の期日から調停の席に相手方本人が同席して代理人と隣に座った本人と直接対話をする異例の形が最後まで一貫しました。たまにあることですが,相手方が希望したのか,私が希望したのか,いずれであるかは覚えてませんが,この二つの調停では,この直接対話方式が功を奏しました。簡単にはこちらの要望を聞き入れてはくれないのですが,彼は一つ一つ納得しながら,少しずつ解決に向けて承諾するという感じで合意に至っています(勿論,依頼者の気持ちにすればそんな対応自体が嫌がらせとしか取れないのですが)。
弁護士本来の攻撃的な姿勢と共に,相手の理解を得ながら信頼関係を形成しつつ,辛抱強く解決に持って行くという弁護士のもう一つの資質の重要性を痛感した事例でした(へたすれば依頼者に誤解されかねないリスキーな活動手法とも言えますが)。