~この記事は、損害保険会社と被保険者の双方にとって有益だと思います~
!損保会社には、損保業務の適正確保への『警告表示』!
!被保険者には、契約上の権利確保への『案内表示』!
【加害者が任意保険に加入していなかったため、加害者側の対人賠償保険による賠償を受けられないケースで、被害者が加入していた”総合自動車保険”による賠償を巡って損保会社との間で紛争を生じた事例】
*事案の内容
被害者は69歳の男性で道路を横断歩行中に直進してきた原動機付自転車と衝突、脳挫傷等により労働力喪失率100%の障害を負った。加害者は任意保険に加入していなかったが、被害者はいわゆる”総合自動車保険”という種類の保険商品に加入していたため、これに組み込まれた保険によって賠償を受けることができることになって、担当者との間で賠償手続が進められた。
被害者の保険証券には、『人身傷害』(一人につき5000万円)と『無保険車傷害』(一人につき2億円)の補償があると記載されていたが、損保会社の担当者は、「今回の事故は『人身傷害』のみが適用になります」と説明した。被害者(実際に対応したのは被害者本人の長男)は、なぜ『無保険車傷害』は使えないのだろう、と疑問を感じつつも結局は同意書にサインして、約4500万円が支払われた(担当者から、「多額の保証が受けられてよかったですね」と言葉をかけられたとのこと)。事故から約10ヶ月後のこと。
*弁護士委任への経過
被害者(長男)は、加害者が無保険車だったのに、取り敢えず補償されたので安堵したが、将来の介護費用まで考えると決して受け取った補償金で充分とは思えないこともあって、証書に記載されている『無保険車傷害』が頭に引っかかっていた。そこで、8ヶ月後に思い切って弁護士相談を予約した。
井坂が約30分間の法律相談を担当、助言の内容は次のとおり。
『示された資料と情報のみでは損保会社の処理が正しいかどうかの判断はできない。しかし、担当者には、無保険車傷害の適用がない理由を説明する義務があるのにそれを怠っている点が問題なので、あなたには損保会社に対して説明を求める権利がある』
『仮に、損保会社の処理が契約上、正しいと判断された場合は、本来の賠償額と支払額の差額を加害者本人に請求することができる。』
『被害者の保険にも弁護士特約が付いていると思うので、これを利用して弁護士委任をしてから、代理人を通じて請求した方がいい』
相談者は、まず損保会社に対する説明要求を依頼し、その結果を見て加害者本人に対する請求を検討することとなった。損保会社、加害者本人いずれに請求するにせよ、最大限2000万円程度の請求ができるという感触を持っていた。
*代理人による交渉の経過
【支店担当者とのバトル】
損保会社の取扱支店に電話をして、担当者に『無保険車傷害』の適用があるかどうかを聞くと、「『人身傷害』『無保険車傷害』のいずれも適用がある」と答えた。この時点で担当者が被害者に虚偽の説明をしていたことが発覚。無保険車傷害の適用について説明を求めるが、不誠実に説明しようとする姿勢が全く感じられないので、書面で回答するよう言って電話を切った。
まもなく回答が届いたが、内容は「両保険を比較すると、人身傷害での算出額が高かったので人身傷害でのお支払いとなりました」というもの。肝心の算出額の根拠と計算が示されてないので、それを示すよう要求し、やっと届いた回答を見たら、弁護士の算定を大きく下回るもので、結局は差額を出さないように作為的に作られたものであることは明らかだった。
何とか、損保会社側(結局は、担当者或いは支店長レベルであるが)の回答はしめされたが(淡々と書いてはいるが)、担当者は迷惑だと言わんばかりに「逆ギレ」したり、「自分には決裁権がないから答えられない」と誤魔化したりと、「すったもんだ」のあげくである。これ以上、この支店と担当者を相手にしてもらちがあかないのでこの『ステージ』はここで終了。なんて言うか、「嘆かわしい」と一言に尽きるやり取りであった。
【お客様相談室へ進路変更】
これまでの経過を丁寧に記載し、『人身傷害』と『無保険車傷害』の適用に関する法的見解と共に、被害者が『無保険車傷害』適用による請求額2000万円弱を請求できることを示したうえで、『無保険車傷害』による支払い義務があるかどうかについて回答を求め、もし義務があると判断した場合は、代理人との交渉に応じるよう求める『要望書』を本社「お客様相談室」宛に送付した。書面の最後に、「営利追求のみで突っ走ってばかりだと『人類の英知』の保険制度の自滅を招きますよ! 損保会社自ら支店や担当者の独走に歯止めをかけることが業界、社会のために必要ですよ」と警告。
【お客様相談室→本社の迅速な対応】
要望書を送付して、2,3日で本社指示による担当者から電話があり、代理人の事務所へ伺って面談したいとのこと。当方の請求に応じる方向での面談かと聞いたら、「もちろん、そうです」と言うので、代理人の高崎事務所で面談する。この面談まで送付して約2週間。担当者は、従来の担当が迷惑をかけたことを詫びたうえで、「1ヶ月以内に算定額を示すので待って欲しい」と、当方は「宜しくお願いします」と答えて面談終了。
1ヶ月に数日残した某日、担当者より算定額を示した回答が届く。内容は、「『無保険車傷害』で970万円を支払う」というもの。当方は電話で「この金額では訴訟を提起することになる」と回答。その3日後、担当者から1500万円の提示があり、依頼者の了承を得て、承諾の返事を行い、事実上の合意が成立する。示談書の交換、支払いを残すもこれで実質的な解決となる。
本社お客様相談室に要望書を送ってから約1ヶ月半での解決となったが、支店レベルでの対応の酷さとは真逆の誠実かつ迅速な本社レベルの対応に、ある種の驚きを隠せない、非常に印象的な経過と解決をたどった感慨深い事案であった。これをどう評価すべきか。一つの会社の中で役割を使い分けているだけで、別の役者がそれぞれの役を演じている、との(悪意の)見方も可能であるし、代理人が本社に提言したとおり、担当者による不始末を自ら正したと見るべきか、難しいところであるが、私としては、後者で「保険業界、まだまだ捨てたものでではない」と思っている。なぜなら、本社の『お客様相談室』がその使命を果たしたこと自体は疑いなき事実だから。
*損害保険の被保険者へ送るメッセージ
この事案の依頼者は、事故後(恐らく)悶々と過ごした8ヶ月を経て、勇気を振り絞り弁護士相談の予約をしたことが切っ掛けで、3ヶ月も経たないうちに1500万円の賠償金を手にすることができたわけです。この1500万円は、将来の介護費用等のため貴重な資金となるはずです。もし、相談を申し込まなかったら・・・どうせ無理だから・・と諦めていたら。確かに、人生、諦めることが大切なことも少なからずあります。でも、この場合は、弁護士に相談して納得してから諦めるのが正しいのでは?
弁護士にしても、同じです。もしこの相談受けて、弁護士自身が保険会社への請求の可能性を諦めて、弁護士特約を利用して本人に請求しましょう、と回答していたら・・・と考えると恐ろしくなります。本人への請求では、例えば3万円程度の分割払いで総額300万円程度の和解がせいぜいです。しかも、履行の現実性、可能性は未知数です。
自分がもし疑問があったり、納得できないことがあったら、それは放置せず、納得に至るよう努力するべきだと言うことです(この場合の「努力」は、法律相談の予約をとることですが)。
誰でもそうだと思いますが、保険の契約の内容や保険金の支払いについて充分な知識を持っている人はいませんし、ましてや複雑怪奇な保険契約の内容は素人には分かるはずがありません。唯一の手がかりであるはずの保険証書を見ても分からない(弁護士が見ても分かりません、分かるように書かれていませんから)のが普通です。だから、交通事故など保険事由が発生した際に、保険会社の人から言われることは取り敢えず受け入れるしかないことになります(結局、保険というのは、保険会社の人から説明されないと分からない、医師や弁護士等専門職と似通ったところがあると思います)。
もし、保険会社の担当者が補償相手の立場になって親身に、適正に動いてくれればそれで問題ないのですが、現実はそうはいきません。なぜなら、私企業である損保会社の究極的な指標は『営利追求』です。それは資本主義の論理から言っても当然です。補償金の支払いを手厚くすることは、保険会社の利益の減少に繋がります。従って、各支店や担当者は、本人や支店の成績向上というスローガンのもと、ともすれば多少の嘘やごまかしをしてでも支払いを抑えようと知恵を絞ることになります。この段階では、支払いを受ける側で担当者に言いくるめられないよう、誤魔化されないよう気をつけるしかありません。
とは言え、こちらは素人で何も分からないのだから、気をつけると言ってもどうしようもないかも知れません。まずは、こちらに適正な支払を受ける権利があることを強く意識して、その項目の支払額について、どうしてその額になったのか、計算式はどうか、その数字の根拠は何か、について根気強く説明を求め、資料の提出を求めることが大切です。損保会社の担当者は、提示額に自信があれば堂々と要求に応えて説明し、資料を出しますが、後ろめたければ言葉を濁すか、誤魔化すかしかなくなります。
権利者の側から分からない点について、「なぜ」「どうして」「説明して」「資料を見せて」と次々とたたみかけていく姿勢を持って下さい。遠慮する必要はありません。それが損保会社の社員の仕事ですから。
また、ただ弁護士に相談すればいいというものでもないと思います(勿論、しないよりした方がいいいことは間違いありませんが)。相談する側が、権利意識をもって自ら疑問を弁護士にぶつけ、納得を得るまで食い下がっていくような熱意も必要です(先にあげた事案の依頼者が好例です)。
*損保会社へ送るメッセージ
初めに挙げた事案では、末端の営業現場と中枢部の本社「お客様相談室」の対応が一つの損保会社内において見事なコントラストを見せました。利潤追求目標に邁進するあまり不適正な業務執行に道を踏み外した支店及び担当者、そして、それを自ら認め迅速な対応で被保険者の権利回復を行った本社お客様相談室。
私は、本社お客様相談室の迅速な対応を評価しますが、それで現場の行為が帳消しになるとは思っていません(だから、この記事は損保会社を賞賛する論調ととられては困ります)。むしろ、一旦危険な状況が起きてしまったが、安全装置が働いて何とか最悪の事態を回避できた、というのが実感です。
この事案でのお客様相談室による権利回復は、一旦合意が成立して8ヶ月後の被害者の法律相談でスタートスイッチが入り、その後は自動装置のように展開して解決に至りました。しかし、素人とは言え、法律上完全な能力者である被害者(の親族)が署名・捺印して成立した合意が弁護士に相談したからと言ってこれが覆ると思うでしょうか? 答えはNO!です。今回は、弁護士が法律的にも合意を覆すことが可能(つまり、勝訴可能)との確信のもとに(初めからあったわけではない、確信できたのは徐々に契約内容が把握できてから)交渉を進めることができましたが、被保険者側から見ると非常に高いハードルを越えたことになります。
被保険者にとって契約上当然の権利を実現するためにこんな高いハードル越えをさせること自体が不公平極まりない話ではないでしょうか。
今回の事件は、「既に補償金の支払いも終わって手続が完全に終了していたのに、弁護士が交渉し直したらさらに1500万円の補償がなされた」というもので、普通ではあり得ない話です。あり得ない話だからこそ、被保険者側もそんなことはあるはずがないと考えて署名押印したのです。まさに、保険会社(或いは、保険業界)としてその存立に関わる倫理が問われる事案だと思います。
保険会社に拘わらず、企業は厳しい競争を勝ち抜いて存続しなければならず、そのためには現場担当者によるたゆまぬ営業努力が要請されることでしょう。しかし、いくら生き抜くためとは言っても超えてはならぬ一線というものがあります。
資本主義の原理による企業活動は放置すると、企業自体の自滅を招くことになります。例えば、利潤追求のための商品製造工場が有害物質を垂れ流したために、多数の罪なき人々が死亡する結果となれば、これを自ら防止する姿勢を見せない企業は存続できるはずがありません。
私は、近年自ら生命保険に加入したことが切っ掛けで、某生保会社の有能かつ気骨ある社員との交流を通じて改めて保険制度というものについて考える機会を得ました。保険は、古代の都市国家に起源を持つ「人類の英知」と言ってもよいシステムだと思っています。営業現場の独走、暴走に歯止めをかけるのは、保険会社自らもつ倫理観しかありません。
”自らの活動を律する倫理を内に持たない企業はいつかは自滅する”
法律事務所の事業主でもある自分への自戒も含めてこれを書き記します。
*最後に
損害保険や生命保険の保険金等の支払いに関する交渉など、様々な保険契約を巡る問題は、弁護士に相談・依頼することによって早期により有利な解決が可能となります。
保険契約について疑問や悩みをお持ちの方は、まず群馬県高崎市、前橋市で活動する弁護士法人井坂法律事務所ご相談することをお勧めします。